2021年08月13日

佐土原人形・馬

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宮崎県の土人形・佐土原人形です。
2019年の年末に宮崎で買いました。

宮崎に行ったのは「ちょっと行きにくい場所」だったからです。
東京や大阪からだと直行便がありますが、地方から地方へというのは案外行きにくいものです。
博多からバスかJRか飛行機か、あるいは熊本まで新幹線で行って高速バスか、意外なところでフェリーにするか。さんざん悩んでバスルートをとりました。
降り立った宮崎はあたたかくて、12月でもコート不要。食べ物も美味しい素敵な場所でした。

最終日に少し時間があったので、お土産を求めて宮崎ブーゲンビリア空港へ。空港、結構好きなのです。
空港の外も中もブーゲンビリアの花や椰子の木でいっぱいの、とても素敵な空港でした。
2階の「日向屋売店」で佐土原人形を見つけ、小さい馬を買いました。
旅っていいな、また来たいなと思ったのを覚えています。

その直後の、新型コロナウイルス。
「いつでもできる」と思っていた国内旅行は、本当に遠いものになりました。

佐土原人形は、京都の伏見人形の影響を受けているようです。
饅頭食いや節句人形などがあります。
やわらかくて明るい色が印象的。
郷土玩具や土人形が今でも作られているのを見ると、嬉しくなります。

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後ろから見てみます。
足がくっついています。何となく、埴輪っぽくて可愛い。
そう言えば、宮崎は神話の里ですね。

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おなかには、印。銘なのでしょうか?
買った時のまま、足の裏に番号のシールが貼られています。

ささやかなお土産ですが、「県をまたいで移動する」ことがすっかり難しくなってしまった今、とても大切な子になりました。
あの時、「ちょっと行きにくい場所に行きたい」と思ったのは、虫が知らせたのでしょうか。
早く世の中が落ち着いて、感染した人たちも健康を取り戻して、皆が安心して旅行ができる日が早く来ますように。

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posted by sascha at 20:36| Comment(2) | 土人形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月11日

昭和のお土産こけし・萩

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初めて自分で買ったお土産こけしです。山口県萩市で買いました。小学校か中学校の時です。
吉田松陰の辞世の歌「親思う心にまさる親心今日のおとずれ何と聞くらん」と書かれています。

当時萩に2~3回行きましたが、その時のいつ買ったかは覚えていません。
お小遣いから「好きな物を一つ買っていい」ということだったと思います。
自分で人形を選んでみたかったんでしょうね。

こちらは後ろ姿です。

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こけしと言えば、東北。
だから、「山口県でこけし?」と言われました。
確かに、不思議ですよね。

手もとの斎藤良輔編『日本人形玩具辞典 新装普及版』の「こけし」の項(178ページ)を見ると、「新型こけし(こけし人形)」として、戦後のお土産こけしについても書かれています。
「…観光旅行ブームに乗って全国観光地の土産物として進出。旧型こけしが素朴な手工芸なのに対して近代的な量産化でこの種の市場のほとんどを独占した」とあります。
続けて読むと、昭和23年(1948)の「どんこ(だんこ)こけし」が第一号とのこと。更には進駐軍のお土産として人気が出たとか、製作も鋳物で型を作って量産された等書かれています。面白いですね。
1997年に東京堂出版から出された本です。

ネットで「お土産こけし」を検索してみると、同じタイプの子がいくつか見つかりました。
サイズは様々ですが、表情や髪飾りの基本は同じ。胴を削って細くしてある点も同じ。木地の目を粗く残しているのも同じ。
身体にはそれぞれの地を表す絵や言葉がかかれています。例えば、富士山だったり湖だったり。地名がはっきり記されているものもあります。
絵や言葉を見れば、だいたい場所が特定できます。ちょっと見てみただけでも、立山、白樺湖、日光などなど。
本当に多様です。
「鋳物で型を作って量産」されたのでしょうか。でも、削りあとには手作りのあたたかみがあります。

上から見てみました。髪型が可愛いです。

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昭和30~40年代、この子たちがどこかでたくさん作られ、全国に広がっていったんでしょうね。
いつの間にか見なくなったお土産ですが、木の匂いや手書きの顔の優しさが印象的です。

このこけし、移動させたり持ち歩いたりして楽しんでいたら、「こけしは飾るもの」とも言われました。そうなんでしょうか?
ガラスケースに入れられて、何となくそのままになりました。
おかげで日焼けもせず色落ちもせず、今でもかすかに木の香りがします。

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数年前、仙台空港で買ったミニこけしと並べてみました。
表情も、それぞれ時代の好みを感じさせますが、髪型と髪飾りは似ています。

posted by sascha at 17:26| Comment(2) | こけし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月13日

乃りたけ陶房の「人形遊び」

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リヤドロやマイセンの人形に憧れていた時、たまたま見つけたのがこの「乃りたけ陶房」の人形です。
女の子が、お人形をおんぶして遊ぶ様子。
可愛くて、思わず買ってしまいました。

それにしても、乃りたけ陶房って何?
陶磁器のノリタケとは関係ありそうですが、何故表記が違うのか??

栞を見ると、「ノリタケの永い歴史と伝統の中で積み重ね、受け継がれてきた高度な技能や優れたデザイン感覚を誇る陶芸作家達の集まり」と書かれています。
やはり、ノリタケと関係があったのですね。
主に和食器を作られていたようです。

この子は小島豪(こじまたけし)さんの「童子(わらべ)人形シリーズ」のひとつ。
箱のシールには「T683 童子人形 人形遊び」とありました。
おそらくは、1990年代から2000年頃のシリーズではないかと思います。

パステル調の色合いが優しくて、とても懐かしい雰囲気。
おかっぱに、エプロン姿の女の子。足もとは、どうやら下駄のよう。
更に今では見かけなくなった「おんぶ」姿。
女の子が嬉しくて嬉しくて、くるくる回っている様子が目に浮かびます。
人形の顔も嬉しそう。
全てが懐かしくて、あたたかい雰囲気です。

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こちら、後ろから見たところ。
人形、かなり振り回されてます(笑)。

ひんやりした白い陶器は、つるつるして気持ちがいい。
やはり、ノリタケです。
裏には、「乃りたけ陶房」とあります。

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このシリーズ、残念ながら廃版となってしまったようです。
そもそも、乃りたけ陶房自体がもうない…のかな? 寂しいです。

ネットで見ると、「童子人形シリーズ」は、他にもいろいろな子がいます。
私が気になっているのは、「入学式」。
男の子・女の子それぞれいます。
ランドセルを背負って、うっとりと天を仰ぐ姿。
見上げているのは桜なのか空なのか、もしかすると初めての校舎なのかもしれません。

人気があったようですが、ネットを見ても、この子たちを所有している方の記事は見当たりません。

ネットやSNSが身近になる少し前の時代。
人形たちはリビングや玄関に飾られて、家族や友達とだけ楽しんでいた頃。
それはそれで、正直な楽しみ方だったのかなと思います。

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今はこうやって、ひよこのモール人形と一緒に飾られています。
名前をつけるなら、乃りたけ陶房なのでやはり「乃りちゃん」ですね。

posted by sascha at 00:35| Comment(2) | 陶磁器人形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月09日

古い市松人形の女の子

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もしかすると、今回の子は苦手な方がいらっしゃるかもしれません。
だとしたら、ごめんなさい。
古い市松人形です。
我が家に来た時は裸ん坊でした。

市松人形に興味を持ちはじめた時に、「昔は裸のまま売られていて、それに着物を縫って着せた」と知りました。
「女の子たちの和裁の練習台になった」とも読みました。

「自分で着物を縫って着せる」というのに憧れて(!)、わざわざ裸の子を探しました。
そして来たのが、この子です。

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これは我が家に来た時の写真。夏の日でした。
涼し気な雰囲気の子で、名前は「すずちゃん」になりました。
銘もあります。「東京●清」??? 朱印は薄れて読めません。あー、知りたいな。
目は書き目です。どの角度でも目が合うような気がします。「子どもの友達」なら納得です。

さて、手に入れたのはいいのですが、もともと手仕事は大の苦手。仕事も家庭も忙しい…
というのを言い訳に、いっこうに進みません。
とはいえ、裸のままではかわいそう。布を貫頭衣にし肩をピンで留めました。髪には適当にリボン。

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そして〇年。そのままずっと我が家にいます。

すずは個性がはっきりした顔立ちで、ぽちんぽちんと歯があります。
昔の市松人形は歯がかかれていたり、個性的な顔の子も多いようです。
すずも戦前の子だと思いますが、時代ははっきりわかりません。

人形の素材は詳しくありませんが、同じ大きさの他の子に比べて重みがあって、頑丈な感じがします。
昔、鴻巣(埼玉)の「ひなの里」に行った時、比較的安価な子どもの遊び相手の人形が「ぶら人形」として紹介されていましたが、そんな感じの子だったのかもしれません。

顔はしみだらけだし、髪はぼさぼさだし、踵はかけてるし、一般的には苦手とされる人形かと思います。
でも、実はかなり気に入っています。
松乾斎東光さんの姫子もそうでしたが、個性のはっきりした子に惹かれるのかもしれません。

着物の購入も考えましたが、普通の子より少し腕が短いのです。
これはやはり採寸して縫ってあげたいですね。。


posted by sascha at 17:41| Comment(2) | 市松人形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月25日

三次人形の窯元さん

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広島県三次市の三次人形・窯元6代目の丸本さんの訃報を聞きました。
3月13日に仕事中に脳卒中で倒れ、14日にお亡くなりになったとのこと。
76歳、まだお若いです。

中国新聞デジタル4月22日分の記事はこちらです。

以前お邪魔した時、とても丁寧に説明してくださいました。
冬場で、ちょうど絵付け途中の天神や梅持ち娘たち。土間には古い人形や型がずらり。
ご近所の方もいらしていて、明るくあたたかい工房でした。

直接購入したいなと思ったのですが、ちょうど松本玩具店さんで黒田天神を購入した直後。
予算オーバーで、その時は見送ってしまいました。心残りです。
その時の記事が、こちらです。
次に行く機会があれば、花持ちの娘人形がほしいなと思っていました。

この記事をアップしたのが今年の2月、つい最近です。
アップする際にネットで調べ、お元気でご活躍のご様子を嬉しく思っていました。
三次にはこの春に雛の展示に行きたいと思っていたのですが、新型コロナウイルスで雛巡りもイベントも縮小。
私自身も出かける気になれず、見送ってしまいました。残念です。

古典的で上品な顔立ちの三次人形。
後継者は未定とのこと。
まだまだ続いていってほしいのですが…。

以下、三次人形の説明板です。

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YouTubeで「三次人形」を検索すると、お元気そうな姿が見られます。
地元放送局や観光局の公式チャンネルでした。
地元に愛された人形たちです。

素敵な人形たちをありがとうございました。
posted by sascha at 17:11| Comment(2) | 人形を訪ねて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月11日

コレクターズドールのブリュ

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子どもの頃、アンティークドール・ブームがありました。1970~80年代の頃です。
ジュモーやブリュ、ケストナーといった人形が次々と紹介されました。
美しい人形たちにただただ驚くばかり。
30万円や200万、300万円といった値段が普通についていて、もちろん手が買えるはずもありません。
新聞の切り抜きを集めたり、お小遣いで頑張って雑誌を買ったりして、ひたすら憧れていました。

その頃、アンティークドール風の人形として売り出されていたのが、コレクターズドールです。
「日本アンティックギャラリー」という会社が扱っていたようです。
「レプリカ」として、アンティークドールの復刻版をいろいろ作られていました。
collector’s dollの他に、collector’s collectionという商標名も見かけます。
通信販売もありましたが、私の地元では百貨店で扱っていました。

レプリカといっても、けして安くはありません。数万円はしたと思います。
百貨店の雛段にぎっしり並べられた、リボンやレースのドレスの人形たち。夢のような空間でした。
通信販売のカタログをせっせと送ってもらい、眺めて楽しむばかりでした。
その人形を手に入れることになったのは、祖母の死がきっかけです。

小さい頃からとても可愛がってくれた祖母でしたが、私が小学校を卒業する頃から、認知症を患っていました。
どうやら私のことを「親のいないかわいそうな子」と認識したようで、時々「これで何かを買って食べなさい」とお金をくれるようになりました。
100円、200円のこともありましたが、多い時は数千円。
どう使ったらいいかもわからず、親に言うと家族争議になりそうで(とにかく認知症が知られていない時代でした)、何年も机の中に隠していました。
高校生になって祖母が亡くなった時、ふと思い出したのがそのお金のことでした。2万円以上あったと思います。
きちんと思い出になる物を残したくて、考えたのがコレクターズドールです。

電車に乗って、何回か百貨店に行きました。
下見をするうち、お小遣いをいくらか足せば、何とか買える子がいることがわかりました。
17歳の時でした。もしかすると、まだ16歳だったかもしれません。
お願いすると、背広を来た百貨店の店員さんがびっくりされたのを覚えています。そりゃ、そうですよね。

そして、連れて帰ったのが写真の子、ブリュのレプリカです。

首の後ろに「collectors doll CD-113 BRU」の刻印。
修理もできると聞きました。いい時代だったのですね。
コレクターズドールのラベルのついた、素敵な箱に入れてもらいました。

名前は、英和辞典の中からフランス風と感じた名前、「コレット」に決めました。
合成繊維の金色の巻き毛、青い目。立ったりポーズをとることもできます。
白い肌は、さわるとひんやりと気持ちよく、とてもいい匂いがします。

下着も丁寧に作られています。

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私は詳しくないのですが、チェリーさんによると樹脂製のコレクターズドールもいたようですね。
この子はビスクだと思います。
靴の裏は刻印なし。一般的に、靴にコレクターズドールの印が入っているようですが、この子にはありません。
いろんなタイプがあるのでしょうね。

当時購入した読売新聞社の雑誌『The 西洋人形』の93ページに、同じタイプの人形が載っています。
「レプリカ」のページで、高さ49㎝の「べべ・ブリュ」と紹介されています。
一番上の写真、左から三番目の子です。並べてみました。

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38000円とありますが、もっとずっと安かったと思います。
セール期間だったのか、あるいはブームの終わり頃だったのかもしれません。

あれから〇年、時々しまいこまれたりしながらも、オオイケのマドリード(?)・エリカとともに健在です。
ドレスのレースはすっかりボロボロ、帽子のゴムもゆるゆるです。
よく見ると、鼻の頭も汚れています。
ジュモーのデザインを模したラベルの箱、そしてコレクターズドールの保証書は、いつの間にかなくなってしまいました。
でも、すっかり我が家に馴染んだ顔をしています。

こちら、エリカと一緒の写真です。

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市松人形や土人形は増やしながらも、結局、私は本物のアンティークドールを持たないままです。
どうしてかな… と考えたのですが、この子に思い入れが強すぎたのかもしれません。

百貨店の人形コーナーはとうになく、コレクターズドールを扱っていた「日本アンティックギャラリー」がどんな会社だったのか、今では知る術もありません。
本物のアンティークドールは本当に魅力的ですが、あの頃の空気の詰まった日本製のコレクターズドールは特別な存在です。

posted by sascha at 17:36| Comment(4) | レプリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月01日

人形を抱いた女の子

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3月になりました。桃の節句、雛祭りの季節です。
そして、桃の節句と言えば人形遊び。
なので、土人形の女の子をご紹介します。人形を抱いています。
ひょんなことから、私の手元にやってきました。

郷土玩具と言うより、子どもの玩具のようなタイプです。詳細はよくわかりません。
いろいろ調べてみると、複数地域で同じデザインの子が作られていたようです。
酒田の土人形にも見かけましたし、愛知でも作られていたみたいです。貯金箱タイプも見ました。
貯金箱だと、最後は割らなければいけないんでしょうか??

手彩色なので、顔も色遣いもまちまちです。
眠そうな顔の子もいれば、目がぱっちりと少女漫画のような子もいます。
私の家にいる子は色白で目が細く、古風な顔立ちです。着物は明るい花模様。
抱かれている人形は、どういうわけか困った顔をしています。


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後ろは彩色されていません。


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底もシンプルです。


私が子どもの頃、着物を着る機会は既に殆どありませんでした。
そんな子ども時代の雛祭り。
憧れは可愛い着物を着てリボンをつけて、大きな人形で遊ぶことでした。
実際には機会はありませんでした。

昔の子どもたちも、そんな雛祭りに憧れたのかなと思います。

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2021年02月06日

三次人形の黒田天神

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三次人形は、伝統的な土人形。
広島県指定伝統的工芸品のひとつで、広島県北部・三次市で作られています。
天神人形などが有名です。
ニカワの光沢から「光人形」とも呼ばれています。

我が家にも、天神人形が一体います。
一般的な天神人形は赤ですが、この人形の衣装は黒。
そして、よく見ると胸に「Carp」「15」の文字。

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そう、広島東洋カープ・黒田投手の人形です。

購入したのは数年前。
場所は、たまたま訪れた三次市の、たままた見つけた松本玩具店さんです。
商店街のショーウィンドーに、古い三次人形がぎっしり展示されているのを見て、ふらふらと入ってしまいました。

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中には三次人形や雛人形がたくさん。素朴な玩具もあって、とても華やかです。
特に、古い土人形たちはまさに圧巻。
お店の方に、丁寧に説明していただきました。
三次人形の歴史を知ることができる、まるで博物館のようなお店です。

その時見せていただいたのが、この「黒田天神」。
即買いです(笑)。

三次市で生まれ育った、同い年のカープ選手が2名(わかる人にはわかる…)。
その2人をモデルに天神人形が作られたのが、約10年前。その後も続いているようです。
ずらりと並べたらすごいかも。。

次の日には、窯元までお邪魔してしまいました。
土人形に大きく転んだきっかけです。

三次市は、人形の街。
商店の店先には土人形が飾られ、案内板にも天神さま。
人形作家・辻村寿三郎さんの故郷ということで、「辻村寿三郎人形館」があります。
更には、「奥田元宋・小由女美術館」もあり、奥田小由女さんの人形も見ることができます。

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三次市は、歴史豊かないい街でした。
新型コロナウイルスが早く落ち着いて、またゆっくり遊びに行けますように。

我が家の黒田天神は、時々「セルロイド人形のミーコ」と並んでいます。

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posted by sascha at 19:23| Comment(2) | 土人形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月01日

セルロイド人形のゆめちゃん

年末に、我が家に新しい人形がやってきました。
2021年現在、日本で唯一セルロイドを製作されている平井玩具製作所さん(セルやさん)のセルロイドベビー「ゆめちゃん」です。
私のセルロイド人形は、ミーコに次ぎ二体目です。

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ゆめちゃんは二頭身で目はぱっちり、いかにも子どものお友達といった人形です。
目の色も洋服もいろいろある中から選べます。
セルロイドと言えば「青い目」。
洋服は「ひみつの花園」さんのフード付き赤です。
早速、ミーコと並べてみました。

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ミーコは16cm、ゆめちゃんは21cm。
並べてみると、小さいミーコが随分お姉さんに見えます。
軽くてふわっとしているのは、どちらも同じです。

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セルやさんのブログを拝見すると、今は材料のセルロイドが手に入りにくく、セルロイドの原料の樟脳も少ない、そして金型職人さんもいなくなってしまったそうです。
特にゆめちゃんを作るにはセルロイドがたくさん必要で、作成をストップされた時期もあるとのこと。

可燃性の高さから、だんだん玩具に使われなくなったというセルロイド。
でも、ふわふわした優しさは、セルロイドならではだと思います。

posted by sascha at 19:16| Comment(4) | セルロイド人形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月13日

オオイケのマドリード

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小学校の時、クリスマスに百貨店で買ってもらった人形です。
たしか、3年生の時です。

別珍のリボン、ベルベットのドレス、茶色のレースに茶色のブーツ、胸には白の飾りボタン。
茶色の髪はクルクルとカールしています。
嬉しくて嬉しくて、エリカという名前をつけました。

もともとは、そんなにお人形遊びをするほうではありませんでした。
それが人形に興味を持ったのは、間違いなく少女小説の影響です。
『若草物語』のベスの人形や、ローラ・インガルスの布人形のシャーロットや「とうもろこしの皮の人形」。
そしてもちろん、『小公女』のエミリーや「最後の人形」。
特に『小公女』の影響は強く、どんな時でも友達と言える人形がほしいなと思いました。

そうなると、憧れるのは大きめのきれいな抱き人形。
アンティークブームの頃で、百貨店には豪華な人形がずらりと並んでいました。

その1年前から家の経済状態が悪くなっていました。
家族の生活も質素になり、小学校2年生のクリスマスは本が1冊だけ。
百貨店で「あの人形がほしい」と言いましたが、買ってはもらえませんでした。

少しずつ家が落ち着いてきた頃に、ようやく来てくれたこの人形。
どのメーカーのどの人形がずっとナゾでしたが、CHERRYさんのHPで、「オオイケのマドリード」ではないかと思いました。

オオイケとは大池玩具。HPを見ると、マドリードは1974年の発売だそうです。
もしかしてマドリードではなくフローラ?
いえ、多分マドリードだと思います。

マドリードは、リニューアルとリデザインを繰り返されているようです。
確かに、百貨店にもいろんなタイプが並んでいました。

外国少女小説の読みすぎで、いちばん欲しかったのは金髪に青い目の子の大きい子です。
でも、下の段にいた、茶色い髪のこの子にしたのは、やはり少し遠慮があったのだと思います。
エリカは40㎝ぐらいの小柄な子です。
気持ちを察したのか、百貨店のお兄さんが「大人っぽい人形ですよね。自分も好きです」と母に言ってくれました。

「子どもの友達」だったのでドレスはほつれてしわしわだし、顔も手足もくすんでいます。
指に赤ペンを塗って、「ケガしてる」なんてやってました。
身体が布製なので、やわらかくて遊びやすいんですよね。

思い出の人形です。

posted by sascha at 16:12| Comment(5) | 昭和レトロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする